『Infinite Sweet Pain』
+Blindness盲目2+
Scene.2

作:多雨島 ガロン


「鴨居零児はG高校のラグビー部員だった。彼は以前までスクラムハーフをしていたが、転入してきた巌瀬瑞穂にそのポジションを奪われ、レギュラーを落された。なにもレギュラーを落とされなくても他のポジションでもできるのではないかと思われるが、他はガッチリした体形の男たちが固めていたので、背はあるが、それほど筋肉質ではなかった零児はレギュラーの座を追われてしまったのだ。

彼は幼い日の思い出を振り返ると、病弱だったためあまりろくな事が思い出されない。過去を回想すると病床で寝ていたことばかりが思い浮かんでしまうのだ。その上に早生まれだったため、体も他の同じ学年の少年達よりも小さく、何時も苛められていた。しかし負けず嫌いで向こう気が強かった鴨居は彼らに抵抗し、より一層酷い仕打ちを受けていたのだ。そんな窮地に立った時に、彼には助けてくれる友人がいた。
その少年は背が高く、喧嘩では負けたことが無い。鴨居はその友人の大きな背中を見て、何時もコンプレックスを感じることしか出来なかった。
鴨居はその友人のようになりたいと思い、弱い自分を呪い、いつしかその友人を羨望の眼差しで見るようになっていた。

中学一年の頃、、初秋の金木犀の木の下には散った花が雪の様に積もる。
幼い鴨居は喧嘩に負け、そのまるで金色の絨毯のような花の上に倒れていた。
つっぷした顔の傍には金木犀の落ちた花があり、香りが心地よく負けて情けない気持ちを少しだったがその香りで紛らわさせることができた。
そしてその伸びて起きれない鴨居の顔を一人の少年が覗いていた。
その親友の名は九頭龍高雄。秋の翳りだした日を受けて輝くような前髪を風になびかせて、少しはにかみながらあきれたような目をしてこちらの様子を窺っている。彼は首を傾げながら爽やかな笑顔でこちらを見ていた。

「鴨居、何で俺に言わねぇんだよ!」

背の高い健康的なこの友人は鴨居の憧れる少年だった。
 

「俺が助けてやったのによ!」

九頭龍は喧嘩っぱやくて、やさぐれた少年だったが、義理堅く友人にはとても優しく温かかった。

「余計なお世話だよ!」

九頭龍は笑いながらあきれはてて言った。

「強がるなよ!.....ヴァカじゃねぇ〜の?!」

カラカラと屈託なく笑う九頭龍を横目に、
鴨居は自分の無力を感じ、情けなくなり地面に顔を俯けた。

「うるさいな!あっち行けよっ!」

九頭龍は笑いながら後ろ手に手を振りながら歩き去っていく。

「勝手にしろ!」

[俺はあいつのように強くなりたい!...対等に扱われたいんだよ....!]

[兄貴面すんなよな.......。]

    鴨居は何時も泣いていた...。

--これは鴨居の原風景だった。--

彼はひ弱な自分が嫌いで、九頭龍に認めてもらい一心に最初は肉体を鍛えて強化していたが、その路線で対等になるのは無理だと解ると何か他の取り柄を探し出し熱心に勉強をしだした。
高校に入る頃には背も伸び幼少のひ弱な面影が無くなり、他の男達と見劣りしない男に成長していたのだが、彼はまだ自分が九頭龍と対等になったとは思っていなかった。それは外見的に自分が劣っていると思っていたせいだったのかもしれない。
九頭龍とは同じラグビー部だったのでお互いに仲良くやっていた。
9番の鴨居と10番の九頭龍は近いポジションを息のあったコンビネーションでこなしていたのだったが....
それは鴨居がレギュラーの座を追われるまでの話だった....

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

ラグビー部の休憩中、部室にドリンクを取りに行った瑞穂は帰り際、すれ違いざまに主将の九頭龍に尻を触られた。これは部員の間では挨拶みたいに行われているものだが、九頭龍と瑞穂にとっては違う意味合いも含まれている。瑞穂はビクリと飛び上がり振り向いて彼を見上げる。
九頭龍は歩きながら見返り美人のように目を細めてチラリと此方を向いたがすぐに行ってしまった。
彼の襟足や、広い背中と幅のある肩と筋肉質だが細く締まった腰を見ながら汗と泥にまみれたユニフォームの下の彼の肉体を...引き締った尻を想像して瑞穂はため息をついていた。
---なぜ俺はこんなに高雄に惚れてるんだろう。---
男らしく、逞しく、そして彼は洒落ていた。
九頭龍は体臭を感じさせないようにメンズ用パフュームを付けていたのだが、瑞穂は彼の腕に抱かれた時に感じるそのほのかにやさしい甘い香りの奥に漂う九頭龍の体臭が好きだった。
彼が本当に自分のことを好きなのか実のところ良く解らない。彼は気まぐれであったし、あまり思っていることを語らない。それは自分も同じなのだが..。
 

部活が終わって、解散した時に瑞穂は同じ部員の鴨居に呼び止められた。
彼は二年の鴨居零児という補欠の男だった。
髪はドレッドヘアーで、藪にらみの決して不男ではないが雰囲気の悪い男で、何かのコンプレックスのせいか、人に良い印象を与えることが出来ないような男だった。

「おいっ!巌瀬ー!!お前さっき部室に行った時俺の財布取っただろ!!」

「え?何言ってんだよ!」瑞穂は面食らった。

「さっきまで俺の制服の上着に入れてたのに、ネェんだよ!お前が部室に行ってからナ!」
鴨居は今にも殴りかかってきそうな剣幕である。

「そんなことするわけねーだろ!」
瑞穂も濡れ衣を着せられて、面白いわけがない。
彼はプライドが高かったので怒りで震えながら反撃していた。

「前から泥棒が頻発してたのお前がやってたんじゃねーの?!
裸になって荷物も晒してみな!」

「ふざけんな!テメッ!!」

瑞穂も勢いに釣られるように鴨居に食って掛かった。
お互いにキスしそうな程顔を近づけた、激しいメンチである。

荒くれた部員たち皆の視線が一斉に瑞穂に注がれる。瑞穂は転入してきた新参者なので肩身が狭かった。そして実力があった為だが突然のレギュラー入りに、嫉妬されてもおかしくはない立場だった。
しかし、部員の屈強な雄たちは実力主義者達であり瑞穂に一目おいていたので、彼を白い目で見ていたのではなく、バカな騒動が始まったと高みの見物を決め込んで冷かし半分に眺めていたのだ。
端正な顔立ちの瑞穂は部員たちに好かれていた。挨拶代わりにするスキンシップも猛者たちは好んでしていたし、奴等は華がある男が好きであった。
(ヘテロな男達も可愛い奴の尻を触るのは好きなようである。)

「なんだよ!その顔!生意気なんだヨ!!」
鴨居は自分を睨んでいる瑞穂の顔を拳で殴りつけ、瑞穂は後ろによろめいた。
瑞穂も売られた喧嘩は買う性質で、侮辱されたので殴り返そうと思ったが、彼は勝てる喧嘩しかしない主義であり、理性も働き自重した。鴨居は喧嘩慣れしているように思えたからだ。
瑞穂は唇が切れ、口元を拭った。鴨居はまた瑞穂の襟元を掴みかかっていた。
得意そうに少し口の端で笑っているその鴨居の肩を誰かが掴んだ。
肩を引き寄せ鴨居を振り向かせようとしたその男は、彼を自分の方に引き寄せながら、
裏拳でこの無頼漢の顔面を一撃した。次の瞬間、二メートルほど鴨居は飛んでいた。
それは九頭龍だった。

「いい加減にしろ!!」
「部内で喧嘩すんじゃねぇ!!」

九頭龍はドスの効いた声でそう叫ぶと、鴨居の方に歩いていき鴨居に語りかけた。
「鴨居、部室のロッカーに鍵かけておかなかったお前も悪いって、解ってんだろうな?」比較的やさしく半ば呆れたような口調だった。

「...それに、お前ちゃんと自分のナップ調べたのか?」

不機嫌そうな九頭龍が自分で調べようと鴨居の鞄に手を掛ける。鴨居は単なる言いがかりをつけて瑞穂に喧嘩を売っていただけだったので、自分の制服ではなく鞄には財布は入っていた。

「もういい!!ナップ返せ!!ざけんな!テメーら!」

彼は自分の財布を瑞穂の鞄に入れておけば良かったと少し後悔したが、後の祭りでそれも遅く、鴨居は九頭龍から鞄を奪うようにもぎ取って周りを罵倒しながら去っていった。
何に罵声を浴びせていたのかはよく解らないが、彼は九頭龍に殴られたことがショックだった。そして動揺した。

その騒動はうやむやに終わったが、瑞穂は自分が鴨居のポジションに入ったことで鴨居は良くない思いをしていることにこの件で気が付いた。しかし、そんなことに気が付いてもどうと出きるわけでもないので、鴨居のことを「気の毒な奴だナ」と思うことしかできなかった。
 
 

NEXT>>>>

<<<<BACK

    
 
 
 
 
 
 
 

 

**モドル**