『Wild Wolf』
Scene.1

作:多雨島 ガロン

 
俺は某大学に通う2年の滝川だ。一人暮らしも長く自炊するのも慣れてきていた。
前のバイトを辞めて、新しいバイトはないかと考えていた頃に、スーパーの掲示板に家庭教師のバイトの広告をダメもとで出してみた。

{当方●●大学2年●●学部。大学にはストレートで入りました。
理数系が得意です。自給5000円(応相談)}

こんな所に広告を出してもダメだろうと諦めかけていた頃に、とある主婦からTELがあり、息子の勉強をみてくれと連絡が入った。
勉強をみてほしいというのは高校2年の男児らしいが、とにかくよく学校を休んだり、バイトに明け暮れたりして勉強を熱心にしないようなのだ。
時間は週に三回、かなり勉強が遅れているらしいので、みっちり教えてやることになった。

数日がたち、今日は初めて家庭教師のバイトに行く日なのだが、交通費まで出してくれるというご丁寧な奥方で俺は結構嬉しかった。

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滝川は、この日は珍しくスーツを着こんでバイト先に向かった。入学式以と成人式来着た事のない四つボタンのスーツにブラウスの襟を立てて....(彼は、家庭教師なんてしたことがなかったので印象良くキメてみたつもりのようだ)
自分的にはモッズっぽくキメたつもりなのだが、筋肉質で体格の良かった滝川は、ヤンキーかチンピラに見えかねないような風体だったが.....。
髪はジェームスデーンのような風で、毛先はホシャホシャと遊ばせているようなおぐし。
目は切れ長で自分でも色男だと自覚してはいたが、ぶっきらぼうでモテはしなかった。
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その家に着いてみるとかなり立派な一戸建ての家で驚いた。チャイムを鳴らし扉を開けた奥方は一瞬たじろいでいたが、俺が色男だったためか顔を赤らめ喜んで迎えてくれた。
オバサンにモテ気味なのは自覚していたのだが..あまり嬉しくはない。
奥方も丁寧な応対で、なぜこんな中流以上の家庭の環境にデキの悪い子がいるのか解らないような感じだった。
「こんにちは。滝川さんね、お待ちしてたのよ!それにしても良い男ね!ホホホッ」
「...いえッ。。」
オバサンの相手は苦手だ。一目で気に入られているようだったが....
「学生証みせましょうか?」
「あら、いいのよ〜〜〜!ウフフッ」
なんだか色目を使われているようで、結構コワイ。
「さあさあ上がって、お紅茶用意してたのよ〜〜。ビールの方が良かった?」
「いえ!!とんでもないです!!俺ッ...いや僕は仕事ですので。」
「あらまあ、そうなの?...ケーキ食べてちょうだいね!まだウチの子帰ってないのだけど。すぐに来ると思うわ。」
「ハ...ハイ..」
応接室に通され、俺は過剰な接待を受けていた。
「ウチの子ね、バイトしてお金を溜めると、夏休みや春休み関係なく、学校を休んでタイの叔父さんの家に遊びに行ってしまって、叔父さんと二人で世界中を旅しているみたいなのよ....。時々連絡はあるんだけど...ほら...こんな葉書をよこして...。」
奥方は葉書を俺に見せた。
アフガニスタン・イラク・ボスニア・アフリカ.....。
「......」
手元に出された葉書はかなり危険そうな地帯のものばかりなのだが....こんなものをよこすなんて、可愛い息子じゃないかと思えた。
「私には何も話してくれないのよー。叔父も無口で何も言わないし...。」
「その趣味のせいで勉強が遅れているのが気になるのよね。ジャーナリストにでもなりたいのかしら。」
婦人は顔に手をあてて、困ったように首を振った。

(ギー...ガチャン)
誰かが玄関を入った音がする。
「あら..あの子が帰ってきたわ!....あの子ったら家に帰るなりすぐに地下のジムに行ってトレーニングするのよ」
「え?!」
---この家にはジムなんてものがあるのかッ?!!---俺は驚いた。
「あの子が勝手にバイト代で変な機材を買い込んできて、おかげで地下室が物置になってしまってるのだけど...男の子ってみんなあーなのかしら?ホホッ。呼んで来るわね!」
-この家のジムってどんななんだ!?-
婦人が去ると自分も興味があったので後について行ってみることにした。

階段の下には防音装置のついた部屋があり、奥方の趣味なのかピアノや楽器が置いてある。それに混ざって似つかわしくない息子用の運動器具が数点置いてあった....。
そこにはまだ制服を着た少年が着替えを持って立っている。
母親は息子に家庭教師を呼んだから勉強しろと言っているようだが、息子は嫌がっている様子だ。
「詩恩(シオン)ちゃん、折角来て頂いているんだから一度くらいは授業を受けてみてちょうだい。」
「嫌だ」
そいつは無口そうな、ボクトツとした奴で、色は浅黒く細身なのに鍛えられた体をしている。そして180はある身長は俺より少し低い程度の、大きな奴だった。髪は黒くサラサラとしていて、こんなに体を鍛えなくたってモテそうに見えた。

この家にはジムなんてものがあって面白かったし、色々なもてなしをしてくれるので結構気に入っていた。(俺は大学のサークルで水泳をやっているのでスポーツは得意なのだ)この家のジムを使えたらいいなァなんて思ってみたりしながら、
{この客をゼッテー逃せネェ!}なんて実は、心の底で思っていた。
そんな邪な心で俺は作り笑いをしながら二人の間に割り込んだ。
「君が詩恩君か?一緒に勉強しないか?勉強もコツが解れば楽しいんだよ!!」
無口でぶっきらぼうな可愛げの無い(?)とは言わないが仏頂面の詩恩の肩をガッチリと掴み、{俺の方がガタイが良かったので}彼の意思に関係なくムリムリと力ずくで、お母さんとの見事な連係プレーで俺たちは彼を勉強部屋に連れて行った。
こんな17歳にして180もある子供なんてお母さんも大変だろうと思われた。暴れ出したらたまらないだろうし...。そのせいか何を考えているのか解らない詩恩のことを、力で制することが出来そうな俺のことを、お母さんは気に入っているようなのだった。

奥方は部屋の前まで来たが、詩恩を俺に預けるとソソクサと去っていった。腫れ物に触るように扱っている風で、俺に押し付けていったようでもある。むっつりとした愛嬌の無い顔のまま詩恩は俺を促すように部屋に入れた。

==ギョッ!!==
部屋の中は、ミリタリーマニアの巣窟だった!!!
モデルガンやらヘルメットやら、ジオラマやら....世界の地図。そしてバーベル、運動器具。ナイフの数々。武器。
詩恩は無口なだけに不気味だったが、俺もそういう物は嫌いではない。子供の頃は好きだった。戦車のプラモ、パンツァーやティ−ゲル等、第二次大戦物をよく集めていたものだが、このマニアさ加減はお母さんが心配する気持ちも解らなくはないものだった.....。
「ハハハッ!凄いコレクションだな!まいったぜッ!」
「.......」
「俺もこういうの好きなんだよな!..しかもこのナイフ、スゲーな!本物だ!」
「.......」
何を言ってもムッツリとしていて話をしない彼は無言で着替えだした。
シャツを脱ぐとそこにはボクサーさながらの鍛えられた肉体が...!!
(ぐわッ!こいつ本当に高2かよ!)童顔なのに狼のような面構えで、飢えている眼をしている。こいつが暴れたら俺の力で制することが出来ないのではないかと自信が無くなってくる....(むうッ)
着替えを終えて俺達は席について勉強を始めた。かなり勉強は遅れていたが、彼は飲み込みが早く、要領を得るのが早いせいもあって難なく教えることが出来た。
外見と違い彼は素直だったせいもある。答えは「ハイ」「イイエ」としか答えないが.....。
一日目が終わり、奥方が晩御飯を食べて行けというのでご馳走になることにした。詩恩の父は単身赴任で家族と離れて暮らしているらしく、俺は無理やりフロにも入れられて酒も飲まされた。ブルジョアの奥方の考えることは良く解らないが.....大変良い扱いをしてくれた。
実の所、奥方は息子と二人きりでいると寡黙すぎる彼とは意思の疎通が出来無い為、お客がいるのが嬉しいらしいらしい。

俺が勉強を教えに行った日は、団欒でメシを食った。自分一人では食べないような豪華な食事が出るので、俺はこの家で食べる夕食が楽しみだった。

「息子と二人だけだと、この子ったら話を全然してくれないのよ!貴方がいると皆で仲良く食卓を囲えて嬉しいわ!!」奥方は妙に嬉しそうだ。
「先生、女いんの?」珍しく詩恩が口を利いた。
「いたらこんなとこでメシ食ってねーってヨ!!」
{うわ!ヤバイことを言った!}と思ったが、口から出ちまったものはしょうがない。俺は奥方の反応を窺った。
「ホホホッ!もう滝川君たらッvv...ワイルドな言い回しがス・テ・キ!」お母さんは鼻息が荒い...俺は少し冷や汗をかいた。
「いや...すッスンマセン。俺、外では、バイト以外は働いたことなくて、敬語が苦手なんッス。...ずっと体育会系だったもんで」
「まあッ!スポーツもやってて頭も良いなんて文武両道で凄いじゃない?!」
「イヤ、ハハハッ。まともな敬語喋れねー世間知らずなんて大学くれーしか入るとこないんスよ、もしくは土木?」
「就職する為にマトモな礼儀を勉強しないといけないっス」
俺は変な意味でも妙に奥方に気に入られているようだった。
そして帰り際に彼女は言っていた。
「うちの子あんなに楽しそうに他人と喋ってるの初めてみたわ。これからもよろしくね」
「...はあ...」

何時も俺が詩恩の部屋に行くと俺を待っている間、奴は筋トレをしている。腹筋やらバーベル運動やらストイックに無口に..。俺は詩恩に尋ねてみた。

「詩恩、オマエなんでそんなに体を鍛えてんの?」奴は、はにかみながら答えた。
(彼が微妙に笑うのは始めてみるのだが..)

「最後に信用できんのは己の肉体だけだからな!」

(ガキの癖に対等に口を利くなァ!コイツ!!一体何様なんだ!)-とオレは思わず笑ってしまった...-
オレは雇われている人間だったので、少しご機嫌とり的な部分もあり言いたいことは言えなかったが、詩恩は生意気な奴だと感じていた。そしてお山の大将のような奴を観察していると結構可笑しかった。
詩恩は話を続ける。

「俺、限界ってものに興味があるんだ。肉体の限界。生と死の限界。ギリギリのラインに興味がある。死の淵ってもんを見てみたいんだ」

「だから世界の危険地帯を旅してるのか?」

「フッ...」彼は笑っていた。

「ああいう所に行って目を血走らせた人間を見てると、俺って生きてるんだなって思うんだよ」

「はあ....。ジャーナリストにでもなりたいのか?
{ニコッ}っと彼は無言で笑っていた。

この話を聞いて、俺は詩恩の見方が一変した。

彼の日常は虚しく死んでいるも同然なのだ。
彼は自分が何故生きているのかということを何時も考えていて、死に直面しないと生きているという実感が沸かずにいる。

彼は自分の居場所を探しているんだ....。

孤独だな....。

なんだか俺はその日以来、詩恩が痛々しく、気の毒に思えてきた。張り詰めた精神と肉体。俺よりもはるかに大人の目をした彼。
コイツは俺よりずっと若いのに、そのまま生の限界から死へ突っ走っていきそうな匂いがしていた。
コイツをなんとか、その孤独から、飢えた世界から開放させることは出来ないのかと、考えてみたが俺には何のアイデアも沸かなかった。少し優しくあつかってやろうという程度で.....。

その話を聞いてからは、彼のバイトの日以外で、俺の時間の合った日は勉強以外でも親子の家に行って彼の様子を見に行ってやることにした。一緒にトレーニングをしたり、勉強をしてやったり..。奥方も大喜びだし、彼も表情には出さないが喜んでいるようだった。
ある日、彼が黙々とモデルガンの手入れをしている時に俺は彼が喜びそうなゲームの提案をしてみた。
「なあ、そんなの弄っててもしょうがねーだろ?BB弾の出るヤツはねーの?サバイバルゲームやろうぜ!」
「ぶははッ!!」奴はふきだした。やはり彼のツボだったらしい。珍しく詩恩が声を上げて笑っているので俺は少し驚いたが...。
「滝川さん、海外に行くとそんな玩具じゃなくて本物の銃を射撃場で打つことが出来るんだよ」
「でもそのサバイバルゲーム面白そうだな」彼の眼は子供のように光っていたが、しばらくするとまた元の寡黙な彼に戻っていた。
でも、彼がそういう話をする時は嬉しそうだった。

彼の家庭教師を始めて一月位経った日曜日の暑い日に、
俺は暇だったので彼の家に行ってみた。表玄関のインターホンを押しても誰も出なかったので裏に回ってみると、彼が庭で草に水をやっていた。

「あれ?オバサンは?」
「....親父の所に様子を見に行った」
「へえ。後で数学やっとくか?」
「滝川さん!前に言ってたエアガン買ったんだけど、後でサバイバルゲームやんない?」
「玉はバイオBB弾ってやつで、土に融けるから何処でも公害にならずに出来るよ」
「え?いいねェー!楽しそうだな!やろう!すぐやろうッ!!」
「あッ...わりィけど、お袋に庭の手入れやれって言われてるから、その後にやろう」詩恩は楽しそうに語っていたが、真面目に言われたことを守る様子だった。

「詩恩は案外几帳面だな!....まあいいや、俺、手伝わねーよ!ここで寝そべって体焼くワ」
広い庭の芝生の上に俺は下着姿になって寝転んだ。
「脱水になんねーようにしろよ!」詩恩は俺に一言あびせたあとに黙々とまた庭仕事を始めていた。
俺は半裸で汗まみれになりながら強力な日差しと格闘しつつ我慢して寝転んでいたのだが、暫くして突然水をかけられた。

「なにすんデェ!!コノヤロ〜〜!」
「だってよー滝川さん火噴きそうだったぜ!!」
「火なんて出るわけねーだろ!!」
オレは折角我慢して焼いていたのに、水をさされて(本当に水なのだったが..)冗談交じりに激怒していた。我慢すれば我慢するほど、邪魔をされると腹が立つものなのだ。
「プははッ」詩恩はムキになっている俺を笑っている。
「テメッ!!」
「皮膚がパチパチ言ってたしヨ!現に今も別の意味で頭が沸騰してる??」(プはッ!)詩恩は俺のことをくさしながら水道ホースを持って逃げ回っている。
「オメ、ちょっとそのホース貸せッ!」
水をかけ合いながら俺らはふざけてあっていた。水しぶきの中で珍しく彼は笑ってはじけている。彼は17歳の普通の子に見えた。爽やかな笑顔を見せて。
俺はなんだか安心した。そして楽しかった。
彼の持っているホースを奪おうと走って追いかけていると、俺は突然眩暈に襲われて気分が悪くなった。
「ぐふッ....うッ...」
「あれ?どうしたの!倒れたフリ?」
俺は意識が遠のいてその場に倒れこんでいた。
「滝川さん......」
 
 
 

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**モドル**