『Syncretism』
〔作:守都 京〕 〔画:多雨島 ガロン〕 |
オレたちは双子だ。 産まれる前、母親の胎内で。そうして産まれてからも、そう。 姿見に映したように、そっくり同じ。顔、体つき。鼻筋も顎の線も、身体の微妙な曲線までも、何もかも同じ。そっくりの、オレとあいつ。 誰も、オレとあいつの違いを見分けられない。 誰も、オレたちが別々の一個の人間だとは思っていない。 オレたちは双子で、まるで鏡に写し取ったかのように、そっくり同じなだけだというのに。 なのに誰も、オレたちのことには気付いてくれない。 この心の中の、秘められた想いには……。 オレは、大地じゃない。 笠原大海──かさはらひろみ──それが、オレの名前だ。 ちょっとベビーフェイスの、オレ。明るい茶色の髪と人なつっこい大きな瞳。愛想がよくて、人当たりがよくて。誰からも可愛がってもらえる、オレ。 大地はオレにそっくりだったけれども、中身は全くと言っていいほど違っていた。自分勝手で我が儘、愛想が悪くて意地悪で。だけどそれらすべてを大地は、物静で消極的といった上っ面の影にうまく隠しこんでいた。オレはいつも大地を振り回しているようでいて、その実大地に、振り回されていたのだ。 大嫌いな、大地。 オレは大地のことが嫌いで、嫌いで、大嫌いで。そのくせ、大地から離れることの出来ない、情けない、オレ。 大嫌いな双子の片割れ。 だけどオレたちはどうしようもなく惹かれあっていた。 どちらとも離れていくことができず、ただどうしようもないモヤモヤとした気持ちを抱えたまま、互いの存在を噛みしめている。 オレたちが双子なのは変えようのない事実で、それ以上にオレたちが惹かれあっていることもまた、どうにもできないことだったから。 中学三年の時。 オレは、初めてあいつを……大地を、憎いと思った。 それ以前からもオレは、大地のことを嫌っていた。だけど、あれほどまで大地のことを憎いと思ったことはなかった。 我が儘で、自分勝手な大地。 なのに。 オレは、大地から離れられない。 大地の側を、離れて生きることが出来ない。 「アイシテル」 と大地が言うのを、オレは、黙って聞いている。 心の中で、大地のことを憎みながらオレは「アイシテル」と返す。 憎みながらオレは、大地のことを愛してもいる。我ながら矛盾しているなと思うけれども、これも事実なのだから仕方がない。 そうしてオレと大地は、歳月を重ねていく。 茨の上を歩いていくような、甘美な夢の中に捕らわれたまま。 大地の唇は、甘い。 しっとりと湿っていて、それでいて微かにミントキャンディーの香りがする。 オレはそんな大地の唇に口付ける。柔らかくて、甘い唇。 最初はそっと、重ねるだけ。それからゆっくりと吸い付くように。舌先で大地の唇の端を軽くつつくと、うっすらと唇が開く。オレはすかさず舌を大地の口腔へと忍び込ませる。 激しく互いの舌を絡め合い、唾液をすくい取る。 その合間にオレの手は、大地の身体を撫で回す。 敏感なところは、真っ先に攻撃する。呆気ないほど簡単に大地は陥落する。ほんのりと頬を上気させて、弱々しく嫌々をしながらもオレの言う通りに身体を開いていく。服を脱ぎ、他人には見せられないような痴態を自ら演じ、進んで腰を振る。 面白かった。 自分と同じ顔、同じ身体の大地が、オレにだけ見せる恥ずかしい姿。オレはそんな大地をじっと凝視するのが好きだった。 オレにしか見せることのない姿を、もっと見せてほしい。もっともっと、オレだけに狂ってほしい。 それは、オレが密かに大地に科した、罪の償いだった。 オレと大地は同じ人を好きになったことがある。 中学二年の時だ。 爽やかな感じの、人当たりのいい先輩だった。 三原先輩は──先輩は水泳部のエースで、三原眞尾といった──波打つようなうねりと盛り上がりの筋肉の背中、笑うと目尻に皺の出来る日に焼けた顔。オレは……オレの方がきっと、大地よりも三原先輩のことが好きだった。 それなのに三原先輩は、オレではなくて。 大地のほうを選んだのだ。 大好きだった三原先輩。先輩がオレではなくて、大地を選んだ瞬間に、オレの仄かな淡い想いは粉々に砕け散った。 三原先輩は、大地とオレとの違いに気付かないまま、大地を選んでいたのだ。 オレはその日のうちに三原先輩への想いを胸の奥へとしまい込んだ。何も知らずに大地は、三原先輩との逢瀬を繰り返す。 許せなかった。 オレと同じ顔の大地が、許せなかった。 だからオレは、大地を…── 「大海……?」 気が付くと大地の顔が目の前にあった。一つのベッドの中で重なり合うようにして、オレたちは眠っていた。いつものことだ。 唇が、触れるほどに近い。 軽くキスをした。 大地を、オレの側に引き留めておくために。 オレは、皆の視線を自分一人に集めたくて、大地を利用している。皆の視線がオレだけに注がれるように。三原先輩の時のように、好きになった人がオレではなく大地を選んでしまわないように。 ただそれだけのためにオレは、大地を抱く。 何もかもすべてが、オレ一人に与えられるように。 「大海、愛してる」 大地が囁く。 オレはそっと大地の手を取り、指先をやんわりと噛んだ。 「あっっ……」 官能的な、大地の声。 うっとりと目を半開きにして大地は、オレの舌が指先を舐め上げるのを見つめている。 「オレの側にいろ、大地」 ずっと、ずっと。 皆の視線がオレに注がれるように。 誰かが、よそ見をして大地を見つめないように。 「愛している……」 オレは、囁き返した。 大地の舌がすかさずオレの舌を絡め取り、二人して荒々しいキスを交わす。 「はぁ……っっ……」 溜息のような声が、洩れた。 俺の声かもしれないし、もしかしたら大地の声かもしれない。 貪るようにキスを交わし、唾液を交換し合い、オレたちは互いを堪能し合った。 「──どこにも行かないで、大海」 啜り泣きながら大地は、オレにしがみついてくる。まるですがりつくかのように。 唇で大地の目尻に滲んだ涙を拭うと、オレは、ゆっくりと身を沈めていく。大地の中へ。母親の腹の中にいた時のように、一つだったものに戻るかのように。 「どこにも行くもんか」 腰を押し進めながら、オレは返した。 まるで母親の胎内のように、大地の中はあたたかい。心地よくて、穏やかで。心に染み渡るような鼓動の音が、体中を駆けめぐっている。 「オレたち、ずっと一緒だよ──」 大地が、言った。 そうだ。 オレたちは一緒だ。 いつでも、どこでも。 ずっと、ずっと。 誰の視線がオレたちの先にあろうとも、オレたちの間を裂こうとしても。オレたちは、一緒。どこまでいっても一つのものなんだ。 「ずっと、一緒……」 言いながらオレは、快感の波に飲み込まれそうになっている。 大地の締め付けが、いきなりきつくなったからだ。イきそうだ。オレたちの間にある大地のものに手をかけると、先走りの液で熟れて熱くなっていた。 オレは大地のものを扱き上げながら、同時にイッた。大地の中に、熱い迸りを放つ。オレの手のひらには、大地の放ったものがべったりと付着していた。わざと大地に見せつけるようにして、オレは大地が放ったものを舌で丹念に舐め取った。 「やめろよ、大海。汚い……」 にやりと目だけで笑うと、オレは大地の鼻先に指を差し出した。 「ほら、こんなに糸引いてる」 手指の腹をなすりつけ、ゆっくりと離すと大地のものは細く頼りない糸を引いて……そうしてぷつん、と切れた。 「一緒に舐めて、大地」 半ば命令するようにしてオレが言うと、大地は躊躇いながらも指先に舌を這わせる。 ちょろちょろと遠慮がちに指を舐める大地の舌を、オレは自分の舌先で軽く小突く。 また、キスの嵐。 こうして飽くなき行為を繰り返すことで、オレたちはもしかしたら、互いを繋ぎ止めているのかもしれない。 まるで、最初にそうだったように一つのものに戻っていこうとするかのように。 「ずっと一緒だよ、オレたち……」 大地はうっとりと夢見るように、呟いた。 オレはただ黙って頷いた。 ずっと、ずっと。 ずっと一緒だよ。 どこまでも、いつまでも。 オレたちは同じ一つのものから産まれて、一つのものとして生きてきたんだ。 今まで、ずっと。 そうしてこれからも、きっと……──
──END── (H14.5.6) |